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義援金・支援金 寄付報告

支援画像

義援金・支援金・寄付先と寄付金額一覧

 年月日 寄付先 金額 用途
2012年 3月25日 きずなの輪 40,500円 支援金
2011年12月26日 日本赤十字社 147,010円 義援金
2011年12月26日 日本商店会 200,000円 支援金
2011年12月26日 東日本大震災圏域創生NPOセンター 120,000円 支援金
2011年11月26日 日本商店会 200,000円 支援金
2011年11月26日 東日本大震災圏域創生NPOセンター 200,000円 支援金
2011年11月26日 日本赤十字社 282,668円 義援金
2011年10月8日 日本赤十字社 220,889円 義援金
2011年10月8日 日本商店会 200,000円 支援金
2011年10月8日 東日本大震災圏域創生NPOセンター 200,000円 支援金
2011年10月8日 一般社団法人UKCJAPAN
(アニマルレスキュー)
50,000円 支援金
2011年10月8日 特定非営利活動法人
動物愛護団体ANJELS
50,000円 支援金
2011年10月8日 公益財団法人シーセフ 100,000円 支援金
2011年9月12日 日本赤十字社 217,943円 義援金
2011年9月12日 日本商店会 200,000円 支援金
2011年9月12日 東日本大震災圏域創生NPOセンター 200,000円 支援金
2011年8月9日 日本赤十字社 120,000円 義援金
2011年8月9日 日本商店会 300,000円 支援金
2011年8月9日 東日本大震災圏域創生NPOセンター 200,000円 支援金
2011年8月2日 東日本大震災圏域創生NPOセンター 200,000円 支援金
2011年7月6日 日本赤十字社 200,000円 義援金
2011年7月6日 日本商店会 400,000円 支援金
2011年7月6日 東日本大震災圏域創生NPOセンター 400,000円 支援金
2011年6月3日 日本赤十字社 1,002,058円 義援金
2011年6月3日 日本商店会 1,000,000円 支援金
2011年6月3日 東日本大震災圏域創生NPOセンター 600,000円 支援金
2011年6月3日 特定非営利活動法人
動物愛護団体 ANGELS
100,000円 支援金
2011年6月3日 命(ヌチ)どぅ宝
一般社団法人UKCJAPAN
100,000円 支援金
2011年6月3日 東北復興 なにわ支援隊 150,000円 活動支援金

支援活動

3月25日、大阪中央公会堂にて開催された

『NPO法人 きずなの輪』主催のチャリティーセミナーに参加し、

チャリティーセミナーの開始前、休憩中、終了後に 

ミサンガの販売をさせていただきました! 

設営時の様子です。

机にミサンガを並べ、弊社代表の小西の等身大パネルを掲げ

準備もバッチリです!!  

セミナーを聞きに来られたお客様のみならず、

運営スタッフとしていらっしゃた方にも

たくさんご購入していただきました。

 

 

皆様のあたたかいお心遣いで、1個500円のミサンガを

合計81個も販売することができました。

そして、4万500円の売上を『NPO法人 きずなの輪』を通して

東北地方への支援金として寄付をさせていただきました。

 

この場をお借りして、改めましてご購入いただいた皆様に

御礼申し上げます。ありがとうございました。

今月、3月25日(日)に『NPO法人 きずなの輪』という

東北支援活動団体の皆さんが、

チャリティーセミナーを開催されます!!

 

当セミナーは、どなたでも無料でご参加いただけますので、

ぜひご参加ください!

 

チャリティーセミナーの詳細はこちらのホームページでご確認ください!

『NPO法人 きずなの輪』ホームページ

クリックするとページが切り替わります→http://kizuna-wa-npo.org/

 

 

当日は、私たちスペースアップも参加させていただき、

先日購入させていただいた“縁(えにし)のミサンガ”を

1つ500円にて販売させていただきます!!

売上は、すべて寄付金とさせていただきます。

 

お一人お一人が手作りで丹精込めて作られたたミサンガは、

どれも色が異なり、とても綺麗な彩りです。

「東北へスイッチオン!」という思いを込めて

スイッチオンシールを貼りました!!

 

お時間のある方は、ぜひ足をお運びくださいませ!

2012年3月11日、東北大震災が起こった日より1年が経ちました。

弊社でも黙祷をいたしました。

私たちスペースアップも、微力ながら支援活動に携わらせていただき

この1年間を思い返すと、とても感慨深いものがありました。

 

この1年間という長いようで短い期間にあった出来事について

 様々なメディアが取り上げているのを拝見すると

街も人々も前を向き、懸命に前進しているように見受けられました。

私たちも恥じないよう、日々精進していかなければならないと感じました。

 

先日、スペースアップでは、

『東日本大震災圏域創生NPOセンター』で取り組まれている

『組紐教室』の皆さんが作られた、ミサンガを購入いたしました!

そのミサンガと、同封されてお手紙です!

  

↑クリックすると写真が大きくなります。

 

『組紐教室』の皆さんが作られたミサンガの売上は

復興への支援金として使っていらっしゃいます。

 

このミサンガ作りが始まったのには、大きなドラマがあったのです。

被災地に仕事を創出し、被災者の皆さんの

生活に張りを取り戻す“元気再生自立支援”として始められました。

材料となる糸は、津波の被害に遭いながらも濡れなかった絹糸でした。

 

そして震災から2ヵ月後。

避難所に届いたお手玉が破れこぼれ落ちた数珠玉を材料に、

絹糸と組み合わせてブレスレットを作り始めました。 

すると・・・行方不明だったご家族が続々と見つかり始めたのです!

そんな“縁(えにし)”を重ねてくれたミサンガで

皆さんの幸せを願うという思いが込められています。

 

そして、ミサンガと一緒に同封されている台紙には

製作者の方からの手書きの「ありがとう」などのメッセージが書かれていました。 

この震災を通して、私たちも感謝すること、

人のあたたかさを学びました。

これからもずっとどの様なかたちになるかは

分かりませんが、支援を続けて参りたいと思っております。

宮城県石巻市へ支援活動へ向かい、現地で出会った

東日本大震災圏域創生NPOセンターの代表である

高橋信行さんから、皆さんの近況の様子のお写真をいただきました!

 

以前、センターに遊びに来るお子さんたちにと

お送りしたアイロンビーズで夢中になって

遊んでくれている写真をいただきました!

 

皆さんにとって何が嬉しいことなのか、どの様なものだったら

お役に立てるのか、様々な思いがありましたが

こうしてお子さんが楽しそうに遊んでくれている様子を見ることができ

本当に嬉しく思います!

 

高橋さんがリーダーを務める

東日本大震災圏域創生NPOセンターの皆さんの活動報告や、

今後の活動予定等はこちらから見ることができます!

ホームページはこちら→ http://info-kensou.com/

クリックするとホームページが開きます。

 

様々な面白い企画を発案され、皆さんで協力し合って

一歩一歩、復興へと突き進んでいらっしゃいます。

是非一度、ご覧ください!!

寒さ厳しき折、皆様はいかがお過ごしでしょうか。

今年も残すところわずかとなって参りました。

そんな中、洞仙寺様のご住職から一通のメールが届きました。

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6月初旬に赤石本部長様をはじめ、多くの方にボランティアで

ご支援を賜りました石巻市の洞仙寺でございます。

その後、皆様お変わりなくご活躍のことと拝察いたします。

お願いがございましてメールをしております。

ボランティアの方々に取っていただきました「本堂の屋根瓦」を

キーワードとした「ホームページ」をやっとの思い出立ち上げました。

あの折のお約束が、このようなページとして結実いたしました。

  

本当にありがとうございました。

どうぞ、ご笑覧ください。

また、ボランティアにおいでの皆様にも宜しくお伝えください。

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ホームページ:http://tosenzenji.org/index.htm

(↑クリックすると、洞仙寺様ホームページへ切り替わります。)

 

ホームページを拝見すると、以前に私たちが

復興活動で訪問した際に、ご住職様がビジョンとして

掲げていらっしゃった内容が詰まったページとなっており、胸が熱くなりました。

 

本堂の瓦を復興のシンボルとして活用し、

お寺を地域の方々のコミュニティーのとして提供できるよう、

日々、復興活動に取り組まれております。

 

この瓦の裏面に、大切なものに対する『願い』 『祈り』『誓い』を書く、

メッセージ記入料として浄財(ご寄進・一口1,000円から)をいただき、

”復興基金”とさせていただきます。

瓦へのメッセージにつきましては、メールもしくはFAX・おはがきにて

お受けすることも、代筆も可能です。

 

また、瓦をご自身でご用意いただきメッセージをご記入していただいても、

ご持参もしくは郵送していただいても可です。

どうか、皆様の優しいお心遣いと、洞仙寺様の当活動を

お一人でも多くの方へ広めていただけると幸いです。

 

どうぞ宜しくお願い申し上げます。

さて本日は、私たちが救援活動のお手伝いをさせていただいた際、

被災された方々が避難所として生活をされている中、

私たちボランティアメンバーを泊めていただいた

湊小学校避難所本部様よりいただいたお手紙をご報告いたします。  

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↑クリックするとお手紙が大きくなります 

 

 晩秋の候、ますます御健勝のこととお慶び申し上げます。

湊小学校避難所におけるご支援に対し、心からの感謝を申し上げます。

 3月11日以来、日本全国から世界各国から実に多くの

ボランティアの方々が石巻市民を支えてくださいました。

国境を越え、宗教・人権・年齢・思想信条の違いを越えて、

心ひとつに被災とたたかう姿に、私たち被災者は感謝と感動の涙を流しました。

この「感動の涙」は、私たちの心に流れる「悲しみの涙」を

乾かすものでもありました。

 誠に有難うございました。

 お陰さまで、10月11日湊小学校避難所の閉鎖、

本部の解散をすることが出来ました。7ヶ月にも及ぶ避難所生活を何

とか乗り越えることが出来たのは、皆様のあついご支援が

あったからこそと感じています。

皆さまの益々のご発展をご祈念申し上げ、御礼のご挨拶といたします。

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復興に向け、本当にお忙しい中、ご丁寧なお手紙を頂戴し

被災された皆様がお元気であることが、私たちにとっても

とても嬉しいことです。 

この度の東日本大震災で、被災された方々に何か出来ることはないかと

東北地方で生産されているお野菜を購入できる農家さんを探していたところ、

宮城県南三陸町の小野花匠園様のホームページにたどり着きました。

 

小野花匠園様が作られている「はるちゃんトマト」の

断面からは、真っ赤に染まった果肉のジューシーな写真が。

 

また、はるちゃんトマトを購入すると、一部を支援金として

寄付されるとのことで、小野様に直接ご連絡をさせていただき、

たくさんのトマトを購入させていただいたのが、小野様と出会ったきっかけでした。

  

農作物のお手入れにお忙しい中、ご丁寧にお手紙をくださる小野様に

私たちも出来ることから何かお手伝いをさせていただこうと思っております。

 

 

宮城県南三陸町の小野花匠園  小野 政道様より

頂戴したお手紙をご紹介いたします。

 

<小野花匠園様ホームページ>

小野様の復興に対する、熱い思いの詰まったお野菜やお花たちを

販売されております。是非一度、ご覧くださいませ。

http://onokashouen.com/onokashouen.com/index.cgi?item=110601074719

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 ↑クリックするとお手紙が大きくなります

 

 この度は東日本大震災に伴い全国各地の皆さまに

はるちゃんトマト支援セットを通じ温かいご支援が寄せられました。

心より深く感謝申し上げます。

 

集められました支援金は新規の雇用と設備投資へ役立たせていただき、

少しでも早期に農業を復活させ地域の復興へ繋がるよう

力を尽くしていきたいと思っています。

震災から半年以上が過ぎた今日、つきましては購入の際に

表記しておりました「心ばかりのお返し」を贈らせていただきたく

機会を設けさせていただきました。

 震災直後、私達が大切に育てたトマトをご注文いただき

応援して下さった事、それにはたくさんの勇気と希望をいただきました。

 現在、この南三陸町では商業の方も少しずつ再生しており、

仮店舗と称し、飲食店やコンビニ・衣料店や理髪店などたくさんの

お店が軒を連ね、活気を取り戻しつつあります。

 

しかし、一方でかかえるたくさんの問題がまだまだある事も事実です。

目の前に広がる光景に未だ胸を締め付けられる時もありますが、

この困難を僕達(大人)が乗り越え、子供達が笑顔で暮らせることを願います。

 

この度は心温まるご支援を頂き、本当にありがとうございました。

 

この度、以前より当ブログでもご紹介させて頂いております、

東日本大震災圏域創生NPOセンターの代表で、現在も尚、

宮城県石巻高校の避難所にて、避難生活を送られる方々を

まとめるリーダーを務めていらっしゃる、高橋信行さんをお招きいたしました。



東日本大震災から学ぶ『ありがとう』というテーマで、講話をして頂きました。


高橋さんは、3月11日の震災以後、一刻も早い復興・復旧を目指し、

日々、先導を切って活躍されていらっしゃいます。

 

弊社からも宮城県へ復旧作業をしに、訪問した社員は多数おりますが、

約5ヶ月間、毎日、震災と向き合って来られた高橋さんの生の声を社員に伝えたい。

震災から学び、知って欲しいという思いから

ハードスケジュールの中、お越しいただきました。

 

 

まず高橋さんは、講話の始まりに

『普通に生活をしている、そのことに対して感謝すること』

『今回の震災を自然災害として終わらせないで欲しい。何でも構わない、1つでも何かを考えて欲しい』

ということを強く仰いました。

 

 

そして、復興へ向けて何が大切なのかということを教えてくださいました。

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まずは自分から動く!

何を始めるにもまずは自分から!ということです。

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被災された皆様がよく仰るそうです。

「いつまでも、被災者ではいられない!」

「自分で切り開くしかない!」と。

厳しい現実を突きつけられ、投げ出したくなるのをこらえ、涙をこらえ、

上を見て、進み出しているとのことでした。

 

 

今、この瞬間に私たちが、元気にお仕事ができていることは

決して当たり前ではないのです。 

今回の講演でとても大切なことを教えて頂きました。

 

講演終了後には、多くの社員からの質問が!

 

◆共同生活の中で、日々起こる賛成反対に対してどうしていたのですか?

◆高橋さんリーダーを務める、避難所での皆さんの心境の変化、

  影響はどのようなものだったのですか?   

等々・・・

 

1つ1つの質問に丁寧にお答え頂きました。

最後に、弊社から集まったお金を、支援金として現地で活用して頂くために

目録として高橋さんへお渡し致しました。

『当たり前の日常』 『当たり前の環境』に気付かないところで、

どれ程、自分は恵まれていたのか。

痛感いたしました。

 

 

高橋さんの講話をお聞きし、改めて感謝することの大切さに気付きました。

社員一同、今後も「お客様第一主義」で努め、

今後も引き続き、私たちに出来ることから支援をさせていただきます!!

本日は、私たちが救援活動のお手伝いをさせていただいた、

洞仙寺様がある宮城県石巻市女川町長の

安住 宣孝様よりいただいたお手紙をご報告いたします。 

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↑クリックするとお手紙が大きくなります。

 

謹啓 残暑の候、益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。

 この度の東日本大震災に際しましては、心温まるご支援ご協力をいただき、

ご厚情のほど誠にありがたく、心から感謝と御礼を申し上げます。

 さて、3月11日に発生した大地震は、国内観測史上最大の

マグニチュード9.0を記録し、直後に襲来した巨大津波と相まって、

本町を含む三陸沿岸を中心にこれまで経験したことのない未曾有の大災害を

もたらしました。

 本町におきましても、多くの町民の尊い生命と財産が一瞬のうちに

奪い去られるとともに、多くの公共施設や基幹産業である漁業、水産業及び

観光関連施設等に甚大な被害を受けました。

 現在、町は大変困難な状態におかれておりますが、復旧復興に向けて

取り組んでいるところであり、一日でも早く「海と緑、豊かな自然と人に

恵まれた活気ある女川町」を取り戻すため、町民一丸となり、

この苦難を乗り越えるべく努力して参る所存でございます。

 お寄せいただきましたご支援は、被災された方々の大きな支えとなり、

町民や職員にとりましても大変大きな励みとなりました。

 復興にはかなりの時間を要するものと思われますが、

仮設住宅の整備などにより、数千人いた避難所生活者も

現在は340人程まで減り、また、町内に仮設店舗による

商店の営業再開など少しずつではありますが町の再生は

着実に前に進んでいる状況であり、皆様からの温かいご支援と励ましを支えに

頑張って参りたいと存じますので、今後ともお力添えを賜りますよう

よろしくお願い申し上げます。

 この度のご支援をあらためて感謝申し上げますとともに、

皆様の益々のご健勝とご発展をお祈り申し上げ、略儀ながら

書中をもちまして御礼のご挨拶といたします。

                                  

                                謹白

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また、お手紙には、2枚の絵はがきも

同封されておりましたのでご紹介いたします。

クリックすると、絵はがきが大きくなります。

 

 

 

さて本日は、以前にも活動報告をいたしました、洞仙寺のご夫婦から

いただいたお手紙をご報告いたします。 

 

私たちが瓦下ろし、瓦礫撤去作業のお手伝いをさせていただいて数日後。

まだまだ十分に生活できる状態でないにも関らず、

三枚にも渡ってお手紙を書いてくださいました。

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 あれは入道雲なのでしょうか

東の空に大きなかたまりがもくもくと出ていました

季節は次第に夏に向かっているのでしょうか

 皆さんにお手伝いを戴いてより一週間程

改めて皆さんのご苦労を瓦の数量を見るごとに振り返っております

 本当にありがとうございました

ここに感謝と共にお礼を申し上げます

 道端にある瓦礫は、今だに片付かず女房は市の対応にいらだっております

今回の震災の規模は、誰であってもどうして良いものやらと考えるところであり

一人一人に辛抱を強いるものでもあります

 

 

 その中にあって「大阪の友」として皆さんが来てくださいました

それに渡しの望み(願い)を一つ二つと叶えてくださいました

 願いとは心の中に強く思うものだと日常より考えておりましたが

今回改めて本当だなぁと感じ入りました

 皆さまのご活躍によって次第ではありますが、前に進んでいるものと信じたいのです。

 

 

地球のおおきな変化の下では、どんなにか小さな存在なのだと

思い知らされるものがですが、常には考える事も又、テレビなどでの

被災状況を見ている限りでは実感のできないものでもあります

 今回自分の身に振りかかり様々な思いの中に日々を暮らしてまいりましたが

人には「ご縁」があり「絆」が結べて本当に感謝に耐えないものだと言うことは

今までになく強く感じる事が出来ました

“ご縁と絆”とは不思議なものですね

どうかどうか再びのご縁に結ばれることを念じつつここにお礼を申し上げます

 

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お手紙にもありましたが、スペースアップにとっても

この宮城県で過ごした4日間は、出会った方々との『縁』や『絆』を深く感じ、

当たり前のこと、生きていることに感謝した時間でした。

「私たちにできることは何か」日々、追求し、一歩一歩進んで行こうと思います。

 

 

6時に起床。恒例の朝礼が行われました。

石巻高校の避難所で指揮をとっておられる高橋さんより、

私達の洞仙寺での活動を報告して下さり、その後掃除をして朝食を頂戴しました。

荻浜小学校でも同様、同時刻に起床、朝食を済ませ、お借りしたマットを片付け、

各々本日の活動へ向けての準備をし、両班とも洞仙寺へ向かいました。

 

8時、洞仙寺に到着。

昨日に引き続き、本堂の屋根瓦を一枚一枚、丁寧に手で運び出しました。

鬼瓦の撤去は特にコンクリートの塊で作業が難航致しました。

落とさぬよう、丁寧に慎重に運び出し、無事取り外すことに成功。

住職も奥様も安堵の笑顔がこぼれておられました。

別の班では側溝のヘドロ除去・瓦礫撤去・屋根の雨漏り補修として

ブルーシート張りに土嚢積みなどを行いました。

 

 

この日も27名全員が力を合わせ復旧作業に専念しました。

17時30分夕方、やっと作業終了。

住職がご希望されていた本堂の屋根瓦約4,300枚は、割ることもなく全て撤去完了致しました。

その他、水路(全長50m)の瓦礫やヘドロなども、すべて撤去完了です。

↓BEFORE

 

 ↓AFTER   

 

この厳しい環境の中、誰一人として怪我をすることもなく作業に取り組み、

全員の力を合わせたことによって全ての作業が完了しました。

片付けをし、スペースアップの社員全員から、復旧への応援メッセージが書かれた

寄せ書きをお寺に貼らせて頂きました。住職がおっしゃっておられた、

皆で大切に降ろした瓦にも皆の思いを書いてほしいとのことで

1枚1枚に思いを込めてメッセージを書かせて頂きました。

 

 

最後に住職ご夫婦をはじめ、荻浜小学校の校長先生までお越し下さり、

一人ひとりと握手を交わし、また絶対にお会いすることを約束し、お別れ致しました。

 

 

別れを惜しみながら石巻高校避難所へ戻り、避難所の方々にお別れとお礼のご挨拶をさせて頂き、

20時に大阪へ向け出発致しました。

 

 

8日 9時30分、総勢27名誰一人怪我をすることもなく、無事に大阪に到着致。

また、27名以外にも山倉建設の皆様、高橋さん、避難所の方々、洞仙寺のご夫婦・・・・・

たくさんの方と出会い全員で力を合わせ、協力したことにより、

過酷な状況の中でのたくさんの復旧作業を終えることができました。

 

参加した社員の中には

「あれだけの量をあの人数で、この期間で終えられたことは奇跡だ」と言う者もおりました。

人が集まり力を合わせて1つのことを行うことは、本当に大きな力を生み出すことを

今回の救援活動に参加したメンバー全員が体感したことでした。

 

 

復興にはまだまだ長い年月がかかります。

今回で終わりではなく、微力かもしれませんが長期に渡り、支援を続けて参ります。

大阪に帰り普通の生活に戻ったわけですが、この東北で体感したことをしっかりと

まわりのみなさんに伝え、今後も自分達にできることをしっかりと懸命に取り組んで参ります。 

 

6時起床後、関東に配属している社員4名が石巻高校に到着し、

一緒に朝礼・掃除を行い、トレーニング室に戻ってくると奥様方が私たちのために、

大きなおにぎりやバナナなどをご用意して下さり、朝食をご馳走になりました。

丸亀市からの救援物資の自転車18台を降ろし、

山倉社長様ほか3名の方が石巻高校避難所から丸亀市に向けて出発され、再会できることを信じ、お見送り致しました。

その後、第2陣で大阪を出た社員20名が石巻高校避難所に到着致しました。

休む間もなく津波被害の大きかった女川町を経由し、洞仙寺へと向かいました。

 

昼過ぎ、総勢27名が洞仙寺に到着。

住職からご挨拶、感謝のお言葉と本堂の屋根瓦についてお話して下さいました。

「津波で本堂は崩壊してしまったが、屋根瓦はそのまま残っている。

その瓦にいろいろな人の思いを書き込んでもらい、復興のシンボルとして使いたい。

また地域の方々や地方の方にも利用して頂けるコミュニティーの場を作りたい」

という住職の強い思いと夢をお聞きしました。

その後、各班に分かれ早速、作業を開始しました。

 

屋根瓦を降ろす班

ヘドロ・瓦礫の撤去を行う班

運搬班 など

 

 

 

 

1人1人が黙々と作業を続け、復旧活動に専念致しました。

先ほどの住職のお話を伺って、今回のお寺の復旧に、たくさんの想いが詰まっていることを

噛み締めながら全員で力を合わせ活動に専念しました。

 

 

1日目の作業が終了し、2班に分かれて宿泊地へ戻りました。

1班は石巻高校避難所へ。

もう1班は洞仙寺の近くにある荻浜小学校へ。

初めて宿泊させて頂く荻浜小学校の校長先生に、

洞仙寺の住職が宿泊のお願いをして下さり、校長先生も快く迎え入れて下さいました。

2班とも21時に消灯、就寝。

 

この日の朝方に震度3の地震が2度ありました。

あらためて震災地にいることを実感した瞬間でした。

前回に宮城県石巻市に訪問した際に行かせて頂いたときにお寺のお話をさせて頂きました。

今回3回目の東北救援活動に入らせて頂く目的は、石巻市の桃浦地区にある

洞仙寺の復旧のお手伝いをさせて頂くことです。

 

前回は6名の社員で救援活動に向かいましたが、

なんと今回は総勢27名の有志が集まり、現地に入らせて頂くことになりました。

1人より2人、2人より3人・・・人が人を思いやって行動に移した結果は大きい成果を生み出します。 

そのようなエピソードもお伝えできるように綴って参ります。

まず4日23時40分、社員27名のうちの3名が先陣を切り石巻市へと出発致しました。

 

翌日5日11時頃洞仙寺に到着。

今回の活動の中心となるお寺の状況を再確認。

翌日からのお寺復旧に向けての段取りを行いました。

初回で現地入りしたときにお会いした、香川県丸亀市から山倉建設様も来られておりました。

救援物資を大量に届けてくださり、一緒に荷物おろしをお手伝いさせて頂きました。

 

 

洞仙寺には、丸亀市出身の戊辰戦争時代に徳川家海軍副総裁をのせた開陽丸に

乗船していた中井初二郎という水夫が沖で病死し、乗船していた仲間が

石巻市の桃浦に寄港して埋葬してもらえるお寺を探していたところ洞仙寺にたどりつきました。

偶然にも同郷の山倉建設様と中井初二郎氏の関係に、

ここに集まった皆様が偶然ではなく、必然にお会いしたように感じました。

お墓に手を合わせ、しっかりとお参りをした後、洞仙寺を後にしました。

 

 

石巻高校へ戻る前に地元のスーパーに寄り、お世話になっている石巻高校の皆様に

スイカの差し入れをさせて頂きました。

皆様が笑顔で召し上がって下さったのが今でも印象に残っています。

そして今回も皆様のご好意で石巻高校のトレーニング室に宿泊させて頂きました。

一緒に晩御飯を頂いた後、自衛隊のお風呂に入り、

21時の消灯とともに翌日の活動に備え就寝しました。

 

 

再び東北へ救援活動に行くことが決定しました。

今回は、前回行かせて頂きました、赤石・野田に加え、社員の中から

由木

山口

豊後

山岡

4名の力強いメンバーも新たに加わり、2度目の東北入りです。 

 

また、業界紙「リフォーム産業新聞」社の加覧社長、中谷本部長、金子編集員

株式会社オクタの奥田会長、耐震事業部の荻野部長、ハンディマン事業部の工藤課長

愛知県の安江工務店の安江社長

と他にも、NPOの方がご参加下さいました。

 

今回の目的としましては、今後長期的にリフォーム業界で東北支援活動を行っていく為に

現地NPO団体との打合せをするためと、、被災住宅の視察を行うためです。

 

現在は、キャッシュ・フォー・ワークと言って

被災者の自立支援の為に、住宅の泥だし作業で被災者を雇用する機会を設け

支援金を集めて日当をお支払いするプロジェクトを推進しています。

 

災害地域における被災者を、その復興事業に雇用して、給与を払うことで円滑な自立支援に繋げるという活動です。

弊社からは、業界の方々への協力要請、道具の提供、支援金集めなど

多岐に渡り活動を続けてきました。

 

1ヶ月ぶりに

石巻市、女川町、東松島と回らせて頂きましたが、瓦礫の撤去がかなり進んでおりました。

ですが、住宅地の泥からは異臭が前回よりもきつくなっておりました。

化学薬品や、オイル、食品工場の食材や魚など、色んな物が混じり

泥だし作業では身の危険も感じましたので、泥を持ち帰り分析を行うことにしました。

 

私たちはボランティアセンターを介さずに、避難所のリーダーやNPOと

直接やりとりをしてボランティア活動や復興支援を行っています。

そういうこともあり、被災者のご好意で宿泊は石巻高校の避難所させて頂き、寝食を共にしました。  

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避難所の子供達が書いた絵      

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実際に被災者の方とお話したり、子供達と触れ合うことによって私が元気を頂きました。

被災地の現状を目の当たりにして、より人との絆や思いやりを大切にして生きて行こうと決意致しました。

 

女川町にて、外で子供達にお菓子を渡す社員

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冒頭でご紹介しましたキャッシュフォーワークの泥だし

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実際に泥だし作業や現地の住宅の被災状況などをみて、

私達は末永く支援活動を続けて参りますが、現地にとって1番いいのは弊社のアドバイザーとともに

職人さんと現地入りし、一刻も早く宮城店を出店し、リフォーム事業を行うことだということを感じました。 

まだまだ避難所以外にもご自分の家にて身を寄せて住まれている方がたくさんいらっしゃいます。

そんな方々のためにも早く住宅を建て直し地震前の快適な暮らしをおくっていただけるように尽くさなければ

と一層身の引き締まる思いになりました。

 

そして被災地を歩いていると、

瓦も崩れ落ち、完全に崩壊している寺を発見。

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お寺の住職からは、集落の方の位牌を探し出して、亡くなられた方と共に

1日でも早く法要したいのでと、瓦礫撤去ボランティアの要請を承りました。

6月の初旬ころにまた東北に行き訪れると約束をしました。

 

今回2度目の東北に行かせて頂き、まだまだ復興活動が必要であることが実感させられました。

普通の暮らしをしてほしい。

あったかい家に帰ってほしい。

家で家族と一緒に会話してほしい。

 

私達リフォーム業界の使命だと自負しております。

一刻も早く東北の方々にあったかい家に帰って頂ける様、今後も活動を続けて参ります。

関係者の皆様にはご迷惑をお掛けいたしますが、どうぞご協力をお願い致します。

 

 

4月14日翌朝、起床。

この日も物資を届けに被災地域へ向かいました。

そして、そこで明和地区の配給の列に遭遇致しました。

明和地区は、1階部分の浸水だけで流れ残った住宅や団地があり、避難所に入らずに住宅で避難をされている地域です。

こちらで自衛隊の方が配給されておりまして、その横で私達も配給させて頂きましたが、全く足りず・・・

まだまだ物資が足りが足りない状況に絶句しました。

 

そこで近くのスーパーに買出しに行き、

カセットコンロ

ボンベ

カップラーメン

野菜ジュース

味噌

以上を買占め明和地区に戻りました。

 

東大阪から来られた宣教師、チャドハドルストンさんが率いる「ビーワン東北支援」という

ボランティア団体の方々や、はるか遠くアメリカからボランティアに来られたという方もおりました。

お互いの健闘をたたえ、ここでお別れしました。

 

次に石巻市立鹿妻小学校に情報に入ると、香川県から8700食の

讃岐うどんを持ち込んで炊き出しから行っている団体と遭遇しました。

こちらの代表の方が、私達と同業のお仕事をされている山倉さん。

まだ3000食残っているということで、私達も一緒にお手伝いさせて頂きました。

 

1000食を引き継ぎ、再度明和地区へ向かいました。

 

さぬきうどんをご提供させて頂き、皆さんの顔からは笑がこぼれておりました。

大変喜んでくださり、私達も非常にうれしく思いました。 

再び皆さんにうどんをご提供をすると、たいへん喜んで頂いておられました。

 

弊社は今後も東北救援活動を続けて参ります。

実際に現地に入りその状況を目の当たりにし、

もっと活動を続けていき、一刻も早い復興ができるよう

支援をして参ります。

 

ご関係者の皆様、引き続きご協力頂きます様よろしくお願い申し上げます。

12日に引き続き、現地での活動状況について、ご報告いたします。

12日夜、大阪を出発して約13時間。東松島市に到着いたしました。 

海岸沿いをしばらく走ると、被害の大きかった石巻市に入りました。

今まで見たことのない光景が目の前に広がりました。

 

道路まで船が打ち上げられ、流れ着いています。

     

 

 住宅が丸ごと倒れております。

 

ビルが崩壊し、ビルの屋上にまで車がのりあがっています

家ごと津波に流され、ひと気もない住宅街。

瓦礫の中で自衛隊の方々が活動をされていたり、

自宅があったであろうところにうなだれている方がいたりと、みるのも辛くなりました。

津波の恐ろしさを目の当たりにした瞬間でした。

そしてその光景は不気味なほど静かでした。

 

***

 

まず最初に石巻高校の避難所を訪ねて参りました。

そこには105名が避難生活を送るトレーニング室があり、そこで責任者を勤めるNPO団体の高橋さんと お会いし、

 

・カップラーメン800食

・野菜ジュースとジュースを1000本

・半畳タタミを40枚

・味噌20キロ、塩10キロ、砂糖10キロ

・醤油5L、ソース5L、マヨネーズ5キロ

・佃煮20キロ、梅干5キロ、お惣菜20キロ

・サランラップ6600m


その他を引き受けてくださいました。

 

その後石巻小学校の近くになる避難所の中央公民館に向かいましたが

石原プロが20日まで炊き出しを行うということでした。

湊小学校では、野菜ジュースとジュースを360本引き受けてくださいました。

 

湊小学校を後にし、もっとも被害のあった女川町へと向かいました。

40mほどの津波が押し寄せ、町全体が流されてしまった地域です。

女川第二小学校には、物資対策本部があり自衛隊の方の手を借り、

社員に手配してもらった奈良県天川村の水360Lを降ろしました。

 

自衛隊の方々流れ作業で物資降ろしを手伝って頂きました。

ここから自衛隊ヘリを使い、離島へ水補給に行って頂きました。

 

***

 

この後もいくつかの避難所を回らせて頂き、物資をお渡し致しました。

この日は明日の計画を練り、車の中にて一夜を過ごしました。

この度弊社を代表して、取締役本部長 赤石と社員 野田の二人で


東北後へ救援活動に行かせて頂くことが決定致しました。


今回も皆様のご協力により、こんなにたくさんの救援物資が集まりました。


毎回物資の量が増えていきます。


こんなに助け合える人がたくさんいる国に生まれてきたこと、本当に誇りに思いました。


 


こんなにもたくさん!!!本当に感謝です。 




*集まった救援物資 *


カップラーメン 700食


水 500L


缶詰 200個


野菜ジュース・ジュース 1000本


半畳タタミ 40枚


塩 10kg


砂糖 10kg


醤油 5L


ソース 5L


マヨネーズ 5㎏


佃煮 20㎏


梅干 5㎏


お惣菜 20㎏


サランラップ 7200m


スコップ 10本


ブルーシート 80枚


レインコート 20着


 


本当に毎回毎回温かい物資のご提供、ありがとうございます。


 


いざ積み込み開始!!社員もお手伝い。  



大阪から東北への長丁場になります。


まだまだ余震も続いております。


 


救援物資を購入する時に、スーパーの店員さんにも


「私達の分もがんばって!」と一緒に袋詰めを手伝ってくれたそうです。


また、ペットショップにてドッグフードを買い占めていると、店員さんが


「現地のワンちゃん達をどうかよろしくお願いします!」と


熱い応援メッセージまで頂いたとか。


 


スペースアップ社員とご協力いただいた皆様の熱い思いもトラックに詰めて出発です。


どうか気を付けて・・・


          



再び弊社の商社さん・職人さん・社員の協力により、

以前よりも多くの物資をご提供頂きました。

本当にご協力、ありがとうございました。

 

 

*集まった救援物資*

水 12L×20本

ブルーシート 14梱包

割り箸

紙コップ

洗濯洗剤

スポンジ

保温シート

 

 

 

でもまだまだ足りません。

現地は復興活動は進んでいるものの、たくさんの方がお亡くなりになったり、

おうちに取り残されている方がいらっしゃったり、不安な夜を過ごされていることでしょう。

 

少しでも喜んで頂けるように、少しでも安心して頂ける様に、

今回も1つ1つに思いを届けてほしくて大切に大切にメッセージを書かせて頂きました。 

 

ダンボールがズラリ。本当はまだまだございます。

 

 

多くの方にご協力頂き、こんなに水もたくさん頂きました。

現地の方に喜んで頂けるといいな・・・とただただ、それを思うばかりです。

 

物資活動は今後もまだまだ続きます。

皆様、ご協力をよろしくお願い申し上げます。 

 

2011年3月11日、日本の太平洋三陸沖を震源とした大地震が発生しました。

大阪に本社を構えております弊社でも、震度3の揺れがありました。

 

ふとパソコンを見ると東北で震度7との速報が。

そしてテレビをつけると、被災された多くの方々の映像が写し出されました。

唖然としました。

 

昨日まであった家がない。風景がない。人がいない・・・

 

 

これを見て、弊社も少しでも力になれないだろうか?

早速プロジェクトを立ち上げ、まずはすぐにできる取組を、

とのことで、社員だけに留まらず、救援物資を募りました。

弊社と取引きをして頂いている商社さん、職人さんよりご協力を頂き、

たくさんの集まった物資を頂くことができました。

 

ダンボールに詰め、1つ1つメッセージをこめて・・・

*集まった救援物資* 

 ブルーシート 30枚

土のう袋 400枚

ガラ袋 200枚

飲料水 96L

トイレットペーパー 180ロール

生理用品 108個

 

少しでも現地の方の力になりたくて

 

集まった物資をトラックに積み、遠い遠い東北へ。 

これらの物資は夢エール救援物資として東大阪の担当の方に届けて頂きます。

【夢エール救援物資事務局】

電話番号:080-4059-2902

メール:m.onitsuka@teppen.info

担当者:稲井、鬼束

 

 

一刻も早く復旧しますように・・・

お気軽にお問合せください。

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